2019/02/21
小麦は人類が初めて栽培した農作物と言われ、1万年の歴史を経て現代でも私たちの食を大きく支えています。
今回は製菓には欠かすことのできない小麦についてお話しいたします。
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日本で小麦は弥生時代にはすでに人々の手によって育てられていました。奈良時代になると中国より麺という食べ方を教わり、粉食文化が伝わりました。しかし、ふすまと呼ばれる硬い殻のような外皮で覆われた小麦を粉にすることは、木の文化にある日本の暮らしでは大変な作業だったと想像できます。石臼が一般的になったとされる江戸時代頃までは小麦粉を使う食べ物は特別な食べ物だったことでしょう。
製菓と小麦粉が大きく結びつくのは、室町時代のことで、1350年に中国での修行を終えた龍山禅師の帰国に際し、従って来日した林浄因によって饅頭が作られました。肉が食べられない僧侶のために日本人が好きな豆を甘く煮詰めて作ったとされていますが、ふわふわとした生地とほっとするような甘さの餡。現代でも多くの人に好まれるこの組み合わせは、当時も大層な評判で、すぐに広まって行ったことでしょう。これにより、1日に2食が一般的だった当時の日本にも、昼間に小腹を満たすいわゆる点心の文化が生まれたわけです。点心とは禅の言葉で、心に触れるという意味であり、この時期から既にパティシエが持つべき心構えが日本文化に根付き始めたと言えますね。
そしていよいよパンやカステラというカタチで小麦の食べ方が伝来するのは、1543年の鉄砲伝来と同時のことで、イエズス会によって伝えられたとされています。キリスト教でパンは「イエスの肉」といわれるほど重要とされた食べ物でしたから、西洋では教会を中心に各国々がパン職人の育成に力を入れていました。
もともとパンは古代エジプトで作られていた小麦と水で捏ねてから焼く食べ物に、ある日偶然にも天然酵母が付着し、膨らんだことが始まりだとされています。当時、人口問題を抱えていた古代ギリシャでは、大量の穀物をエジプトから輸入していたこともあり、パンの製法はすぐにギリシャに伝わり、瞬く間に安定生産を確立させます。これはもとよりギリシャ人が作っていたワインの知識と発酵技術によるものだと考えられます。
後にローマ軍に支配されたギリシャですが、パン製造の技術は引き継がれ、既にインドから持ち込まれていた砂糖も使用され、菓子の製造技術も生まれて行きました。常食としてはもちろん携帯食としても優秀なパンはローマ軍の進軍と共に技術が高まり、権力者や富裕層の間で特別な日の食べ物とされた菓子は次第に一般社会にも広がって行きました。
こうして日本に入った小麦の美味しさは、幕府によるキリスト教の弾圧下でも、密かに作られ食されていたと言われているほどで、後の爆発的な製菓技術の発展に繋がって行きました。
小麦のタンパク質量とは製菓や製パンに欠かせないグルテン量を指しますので、適した小麦粉を使わなければ、理想の調理はできません。
グルテンとは、小麦の一粒のうち80%以上を占める胚乳という部分に含まれるタンパク質のグルテニンとグリアジンが水分を吸収して捏ねられることで形成される物質で、システインというアミノ酸の働きにより繊維のように絡まり、弾力と粘性を併せ持つ生地が出来上がります。グリアジンの粘性によって引っ張れば伸び、グルテニンの弾力により、縮む力が生まれてくるわけです。
したがって小麦粉を選ぶ際には、発酵時の伸びや食感にグルテン量が多く必要なパンは強力粉を使用します。一方で適度なグルテン量を使い、ふんわり柔らかく作りたい菓子には薄力粉が向いているというわけです。
小麦の胚乳にはもう1つでんぷんという複数の糖質が繋がった成分を持っています。そして小麦を美味しく食べるには水分と熱を加え、糊化という状態変化をさせる必要があります。
規則的に並んだ状態のでんぷんを糊化させることで崩すとαデンプンと呼ばれ、柔らかく美味しさを引き立たせ、食べた後の消化吸収が良い生地となります。また焼成時に膜状に膨らませるのも糊化による効果です。しかし時間が経つにつれ、酸化し水分が抜けて行くとβデンプンと呼ばれる加熱していない生のような状態に変化して行きます。
こんがりとふっくら焼き上がったパンやシュー生地の美味しさは、このαデンプンがもたらす美味しさなのです。
もちろん小麦も植物ですから、育つ土壌や水、気候によっても様々な個性が出ます。
かつては全体の1割にも満たず、扱いの難しさが印象的だった国産やフランス産の小麦ですが、今では種類も豊富に選ぶことができ、手に入りやすくなりました。粘りと柔らかさ、もちもち感を出したい生地には国産を使用し、シャープに力強く小麦のインパクトを出したい生地にはフランス産を使用するなど、自身のイメージで試してみるのもパンや菓子作りの醍醐味ではないでしょうか。
いつも作っているお気に入りのレシピをお持ちでしたら、ぜひ色々な産地や種類の小麦粉を試してみてください。また少し違う生地ができることでしょう。もしかしたら更に磨きのかかった特別なレシピが生まれるかもしれませんよ!
小麦の香りは実に数千年の歴史を経て、人を惹きつけ続けています。街を歩いていると、パン屋さんやたい焼きの屋台から漂う香ばしくて優しい香り、うどん屋さんやラーメン屋さんの温かな茹でたて麺の香りにはつい足を止めてしまいますよね。それこそが小麦の最大の魅力だと言えます。
パティシエの仕事をしていても、焼き上げる生地の香りには、何度も助けられます。時には勇気づけられ、時には励まされ…
明確な説明はできませんが、とても不思議な力があります。もしかしたら人類と永く歩み続け、食卓を支え続けて来た理由が、成分や特性なんかよりも他にあるのかもしれません。
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学校法人 東京観光専門学校
カフェサービス学科 学科長 山本 佳成
【経歴】
桜美林大学国際学部卒業。フランス企業パティスリー部門にてキャリアをスタート。都内パティスリー勤務を経て、レコールバンタンにて製菓アシスタント講師、八王子うかい亭パティシエを勤め、現在は学校法人東京観光学校のカフェサービス学科にて、製菓、カフェフード、デザートの実習をはじめ、メニュー開発や店舗経営などの教育を行う。
【住所】
〒160-0843 東京都新宿区市谷田町3-21
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