2018/06/15
バリスタの世界大会であるWorld Barista Championship (ワールド バリスタ チャンピオンシップ)や、その他国内外の数々のバリスタ競技会の審査員として活動をしながらアンリミテッド株式会社を設立。「バリスタトレーニングラボ東京」にてプロバリスタ向けのトレーニングや、一般向け講習会、出張コーヒーセミナー等の事業などを手掛ける松原大地さんにお話を伺いました。
>>松原大地さんの連載コラム「バリスタに必要なスキルとは?国際的なバリスタ資格や最新のバリスタトレーニングについて」はこちら
学生時代は、特に将来何の仕事をしたいかなど決めてはいませんでしたが、高校生の頃から、語学が出来た方が世界が広がるのではと思い、大学は外国語大学へと進学し、在学中はアメリカに留学したりして語学を学んでいました。
当時はロードレースという、いわゆる長距離の自転車の競技をずっとやっていまして、夢といえば学生の時からツールドフランスとかに出るのが夢でした。大学を卒業して、就職という道も考えたんですけど、どうしても自転車の道に行きたかったので、大阪から上京し、メッセンジャーという自転車で書類を配達する仕事をしながら、実業団チームに所属し、レースに出るという生活を送っていました。
その当時の職場仲間がすごくコーヒーが好きで、「エスプレッソマシンを使ってコーヒーを作る人をバリスタって言うらしいよ」という事を聞きました。その頃は、都内でもいわゆるスペシャルティコーヒーを出すお店はほとんどなく、イタリアンバールに友達にコーヒーを飲みに連れて行ってもらったりしていました。そうしていくなかで、自分でもやりたいと思い、マシンを買って練習し始めたんです。最初は家庭用のマシンを買ったのですが、家庭用のマシンではうまくいかなくて、色々調べると業務用じゃないと上手にできない事が分かり、バイト代をはたいて当時70万円ぐらいかけて機材をそろえて、自分でラテアートの練習をしたり、家で友達が来た時にコーヒーを振舞ったりもしていました。
自転車競技も継続して行っていたのですが、ケガなど色々あり、一度自転車の道を断念せざるを得ないような状況になった時、唯一趣味でやっていたコーヒーの世界で頑張ってみるのもいいかなと思い、それがきっかけで就職しました。
就職先はラッキーコーヒマシン株式会社という、エスプレッソマシンなどを海外から輸入して国内で販売、メンテナンスを行っている商社に入り、そこからコーヒーの仕事がスタートしました。
そうですね。私が入社したのが約10年前の2007年なんですけれど、東京でも本格的なエスプレッソマシンを置いて、バリスタがいるようなお店が徐々にオープンし始めた時でした。私も、仕事柄お客様にマシンの使い方やラテアートを教えたり、エスプレッソの作り方を指導させて頂く機会があったので、2009年からバリスタの大会の審査員の資格制度が始まったのを機に、勉強のために審査をやってみようと思い、審査員のキャリアをスタートしました。
審査に参加して驚いたのが、コーヒーの味の奥深さですね。私も若い時は見た目をすごく気にしていて、ラテアートをとにかく練習していたんですけれど、大会の審査を始めてまず思ったのが、コーヒーの味覚は本当に奥が深いなということでした。コーヒーって苦いだけではなくて、酸味も甘さもあることを知り、今まで飲んでいたコーヒーは何だったんだというぐらい奥深い世界だというのを痛感しました。ワインの世界のように味覚に関しては広がりがあり、これがスタンダードになってくれば、お客様もこういう味を求めてバリスタの一杯を飲みに来る時代が来るのではと思い、審査の業務を通じて、コーヒーにのめり込んでいきました。
審査員になるための資格あります。講習を受けて、実技テストと筆記テストに合格するとなることができます。審査員には、味覚と技術を評価する審査員がいて、私はどちらの審査も経験しました。最初は技術を評価するテクニカルジャッジという審査員(バリスタが抽出をどれだけ一貫性を持って作業しているかという所を評価して、点数をつけていくという審査員)から初めました。その後にセンサリージャッジ(エスプレッソやカプチーノの味覚を評価する審査員)に移行しました。
味覚の審査でいうと、スペシャルティーコーヒーを扱う大会ですので、高品質なコーヒーが本来持っている甘さ、酸味や苦みのクオリティーなどを評価してくんです。
例えば、酸味があるだけでは良い評価にはなりません。レモンのような酸味のコーヒーを例とすると、酸味がある時点でもちろん従来のコーヒーより品質は高いのですが、突き詰めていくと、レモンみたいに酸味がすごく酸っぱい状態であると、やはり味覚のバランスとしては良くなくて、美味しいって単純に感じないんです。同じ柑橘系の酸味でもオレンジのような甘さが伴っている酸味であれば、誰もが美味しく感じやすいんですね。そういった美味しいかどうかという観点で見ていきますので、審査って結構難しいと思われがちなんですけれど、結局は単純に人間が飲んで美味しいか、バランスが取れているかどうかというのを評価していきます。
技術の審査に関しては、使用するコーヒーの量や、そのコーヒーをどういう風に均等に器具に分配していくかなどを評価させていただいています。エスプレッソの抽出は大部分が手作業なので、作り手の技術によって味がもガラッと変わるんです。同じ人が作っても再現性のあるテクニックを用いないと、毎回味が違うとか、味がブレたりという原因にもなるので、どれだけ一貫性をもって作業できているかというのを評価していきます。
2011年から世界大会にもジャッジとして参加させていただいているのですが、まずレベルの違いに驚きました。コーヒーに対する捉え方というか、やはり日本はスペシャルティーコーヒー業界においてはまだまだ後発だと感じました。海外のバリスタが発信する情報を頼りにせざるを得ない状況でしたが、言語の問題もあり、情報が不足していると感じました。海外ではコーヒーがとても盛んで、バリスタという仕事も確立されていますし、高品質なコーヒーを提供するための様々な検証なども積極的に行われていますので、そもそものベースが違うんです。現在では日本も一部の人達はとてもレベルが高くて、大会でも入賞したり世界チャンピオンにもなっているのですが、ただ全体的なレベルでいうとまだまだと感じることもあります。特に当時は世界と比べて、これから日本も頑張らないといけないと感じましたね。
お店に来るお客様の数もやはり桁違いです。オーストラリアの審査員仲間に話を聞くと、忙しいお店ですと1日1,000杯とか2,000杯提供されているみたいなんです。日本では100杯以上出てれば相当繁盛店だという感じです。実はオーストラリアの人口は日本の約1/6ぐらいなんです。国土は日本よりはるかに広いんですけど。でも一日1,000杯とか出るんです。やはりコーヒーの文化や習慣が根付いていて、また、美味しいコーヒーでないとお客様も飲みに来ないので人気店には舌が肥えたお客様が集中するんです。そういう意味でもバリスタも常に鍛えられています。日本では10年前はラテアートができるだけでバリスタとして評価されていた時代がありましたが、見た目がいいだけでは毎日お客様が飲みに来てくれるかと言うと難しい面もあるので、より味覚を追求していかないといけないというのは感じていました。
マシンの営業という立場でお店の立ち上げなどにも関わらせていただくなかでよくお客様に言われたのが、マシンがとても高額なので、「これ(マシン)を置けば次の日から美味しいコーヒーが出せるでしょ?」という言葉でした。よくオープンの数日前にお店に行かせていただいて、エスプレッソやカプチーノの作り方を、1日で教えるという機会も多々ありました。ただ、私としては、大会で審査をしたり、勉強をしていた時でもあったので、当然マシンも大事なんですが、原料であるコーヒーの品質や、バリスタの技術、これが伴ってないと、いくら200万円や300万円のマシンを買っても美味しいコーヒーを提供することは出来ないので、そういった状況に違和感を覚えました。勿論、当時からしっかり勉強されている方もいらっしゃいましたが、ごく一部だったように思えます。
世界大会に行ったときに海外の業界の方と話をすると、バリスタのスクールが沢山あるんですよね。例えば、車の免許を取る時と同じで、教習所で技術を取得してから自動車を買うような。コーヒーにおいてもそういう流れが実際出来ている事に驚きました。つまり、まず自分で美味しくコーヒーを作れる技術をスクールで取得してからマシンを買って、開業するというとても自然なフローが出来ており、日本との環境の違いを痛感しました。
オープン前に1、2時間教わったところで、すぐに素晴らしいカプチーノが出せるかというと、正直難しいです。なんとか海外のように、バリスタの方がしっかりと学べる環境を作りたいという思いがあり、2013年に会社を退職し、「バリスタトレーニングラボ」を私と妻(平井麗奈)の二人で立ちあげました。平井も日本の大会の審査をやっていましたので、二人で学んだ事や、世界大会で学んだ知識や技術などを少しでも日本のバリスタの方にお伝えし、共有していきたいと思い立ち上げたのがきっかけです。
今でも日本には本格的なコーヒーのスクール自体少ないと思います。我々も専門学校等に非常勤講師として呼ばれて教えに行くことあるんですけれど、やはりコーヒーの授業の数も少ないし、本格的にバリスタやコーヒーに特化したクラスというのも少ないかと思います。また、調理師や製菓衛生師などのようにバリスタの国家資格がそもそもないので、職業としてはまだ認知されていません。なので、これからより認知度が上がるよう努力しなければいけないと思っています。
「アンリミテッドコーヒーロースターズ」というコーヒー豆の焙煎の事業もしています。バリスタトレーニングラボの授業で使うコーヒーなども以前は他のロースターから仕入れていたのですが、授業の内容がよりレベルの高いものになってくると、使っているコーヒーがそもそもどういう原料で、いつどこで誰が生産し、どういう状態で保管されて、いつどういう状態で焙煎されて、バリスタの手元に来ているのかという情報までなかなか知り得ることができませんでしたので、以前は生徒にも深く原料のことを含めて教えることができませんでした。自分たちで原料の仕入から焙煎まで行うことによって、トレーサビリティーに関する情報を含めて、深く教えることができると思い、焙煎を始めました。今は講習で使っているのはもちろん、カフェやレストランなどの飲食店に卸販売もさせていただいています。
はい。「バリスタトレーニングラボ」の施設を拡大したいと思い、2015年に移転しましたが、スカイツリーの近くで非常に好立地だったので、「アンリミテッドコーヒーバー」という名前で2015年の7月にラボの1階スペースにお店をオープンさせていただきました。
お店で働いているバリスタは、もともと全員バリスタトレーニングラボで勉強されていた方が働いています。私たちも普段教えさせていている生徒のほうが連携もスムーズに取れますので。ですので、今いるバリスタは全員ラボ生です(笑)
「素晴らしいコーヒー体験を提供する」というのがコンセプトです。スペシャルティコーヒーを使っていて、美味しいコーヒーを出すというのも当然重要ですが、我々としてはそれはもはや当たり前のことだと思っていて、これからはお客様にコーヒーの味だけではなく、コーヒーを飲むという体験をトータルで楽しんでいただきたいなと思っています。
その一例として、お客様がお店に入ってきてカプチーノとかドリップコーヒーくださいという形で注文する場合がほとんどだと思うんですけれども、私達のお店ではコーヒー豆の種類をまずはお選びいただいています。日替わりで5種類程、エスプレッソは2種類から、ドリップなどフィルターコーヒーは3種類から選べるようになていますので、抽出方法ももちろんですが、まずは味に直結するコーヒーの種類を選んでいただけるようにしています。ただ、今は様々なコーヒーの種類があって分かりづらい場合もありますので、必ずバリスタの方から味わいであるとか、コーヒーの特徴などをご説明させていただくようにしています。ご自身でその時に飲みたいコーヒーをバリスタと一緒に決めるのも体験の一部だと考えています。
コーヒーカクテルというジャンルにも力を入れていて、海外だと割とメジャーで、一番有名なのは主にヨーロッパで提供されているアイリッシュコーヒーですが、最近オーストラリアなどの国でも流行ってきているエスプレッソマティーニもあります。
日本では、まだまだコーヒーとアルコールを合わせるということ自体が珍しいことだと思います。どうしてもバーテンダーからすると、コーヒー自体が単価の割には手間がかかるということがあるので、少し扱いづらい食材でもあり、美味しいコーヒーを扱っているバーが少ないんです。その反面、カフェでバリスタがお酒を扱うことも少ないですね。やはりバリスタは基本的にはコーヒーのことを勉強するんですが、アルコールも奥が深いので、なかなか二足の草鞋というのは難しいのだと思います。
ただ、我々も基本的にバリスタではありますが、お店を立ち上げるにあたり、お客様に様々なコーヒー体験を提供したいという想いもあり、日本ではまだあまり飲めないコーヒーカクテルは、まさに素晴らしいコーヒー体験が出来るドリンクかなと思い導入しました。初めはプロのバーテンダーの方に教えていただいて、練習しながら提供できるようになっていったという経緯があります。幸運なことに妻の平井も昔バーの経験があったため、お酒にも明るく現在コーヒーカクテルを出せているような状況です。
まずは適切にドリンクを作るのが一番大事だと思います。後はお客様とコミュニケーションをとって、コーヒーの説明や抽出の説明、そして味わいの説明をソムリエと同じぐらいのレベルで行うということも大事だと思っています。
一昔前のバリスタは、エスプレッソマシンを使ってとにかくスピーディーにオーダーをこなしていく、そのコーヒーを運ぶのはホールの人というようなイメージがどうしてもあったと思うんですけれども、今は直接カウンター越しに会話できる機会が増えてきていますので、一言二言でもいいので、バリスタから何か説明やお声がけがあれば、お客様にもその時間を楽しんでいただくことができます。
今は自動のエスプレッソマシンがありますし、ラテアートも自動でできるような機械も開発されてきています。技術の部分というのは、もしかしたら将来機械に取って代わられるかもしれませんが、やはり味覚や説明に関しては、機械だと絶対に真似できないと思っています。バリスタがその日その時感じたリアルなフレーバーをお客様にお伝えするということは、人間でしかできないところだと思うので、そういうスキルを磨いていくというのが、これからのバリスタとして重要な部分だと思います。
また、我々が今力を入れているのが、カスタマーサービスやホスピタリティなんですね。ハイグレードなホテルやレストラン、バーの接客ってすごくいいじゃないですか。当然それに見合った料金を払っている訳なんですけれど。これからは美味しいコーヒーを作るだけではなくて、サービス面からも他の業界に負けないぐらいお客様にホスピタリティを感じていただいて、バリスタが作る一杯の価値をより高めていきたいなという想いで頑張っています。
私は、スペシャルティーコーヒー産業の中でバリスタという職業の重要度が年々増してきていていると思っています。例えばお客様に美味しいコーヒーがあるとか、このコーヒーがどういう味わいなのかなどの情報を、直接お客様にお伝えできるのは基本的にバリスタしかいないんですよね。ですので、バリスタがそこの努力を怠ってしまうと、産業としては素晴らしいコーヒーを生産していても一向に一般の方に認知されないというような状況になってしまいます。
我々も例えば、産地に行って、コーヒーの買いつけなども行いたいという想いはありますが、まずは生産者がいて輸入に関わる人達がいて、焙煎する人がいて、バリスタがいて、そしてその次にお客様がいるので、このお客様にまだまだ美味しいコーヒーを知ってもらう必要がある段階なので、やるべきことが山積みです。とにかくお店であれば、お客様にコーヒーに関してご説明するという努力を。焙煎の部門であれば、とにかく品質管理を徹底することで、初めてスペシャルティコーヒーを飲む人でも明らかに美味しいと思っていただけるような焙煎を心がけています。実際にその一杯を提供するバリスタが育たないとお客様にも伝えることができないので、バリスタトレーニングラボでは、情熱の部分や業界におけるバリスタの役割などをお伝えしたいと考えて仕事をしています。
弊社ではバリスタの国際的な資格「SCA コーヒースキルズプログラム」を2018年の5月から新たにスタートしました。資格にも色々な種類があるんですけれども、今我々が提供できているのが、バリスタや、抽出のところなので、将来会社としては焙煎の講習を実施できるよう準備を進めたいと思っています。
また、自社の焙煎所を拡大して、焙煎の資格講習も行えるようにすることを、中期的な目標として掲げています。
近年、焙煎をされる方も結構増えていますが、焙煎を学べる場所はかなり限られていますので、グローバルスタンダードに基づいた焙煎の理論であるとか、科学的な裏付けを含めた焙煎方法が学べる場所を作り、バリスタも勿論ですけれども、焙煎の方も世界基準の学びを得られる環境を提供していきたいと考えています。
アンリミテッド株式会社(バリスタトレーニングラボ東京)
ディレクター / バリスタトレーナー 松原 大地
【経歴】
2011年よりバリスタの世界大会であるWorld Barista Championship (ワールド バリスタ チャンピオンシップ)にて審査員を務める。 2013年メルボルン大会ではアジア人初の決勝テクニカルジャッジに、 2015年シアトル大会では日本人初の決勝センサリージャッジに選出される。 その他国内外の数々のバリスタ競技会の審査員として活動をしながらアンリミテッド株式会社を設立。また現在バリスタギルド・オブ・ジャパンの代表としてSCA(Specialty Coffee Association)の国際的な資格プログラムである『COFFEE SKILLS PROGRAM』の運営も行なっている。
【住所】
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